八女茶について
【茶禅一味】… 茶と禅は清く美しい世界(観)をあらわす極致(精神)
室町時代に【茶味は禅味を兼ねる】という言葉が発せられました。茶(道)は禅から産まれ一体であるという意味です。
室町中期のわび茶の創始僧:村田珠光の云う「茶とは遊に非ず、芸に非ず、一味清浄、法喜禅悦の境地にあり(茶は遊びや芸事ということではなく、自己を清浄にする、悟りを得た喜びと同じである)」の「清浄」という言葉に、その真意を求めることが出来ます。
「清浄」とは、『万葉集』の和歌で「山川の清き…」などの一節に見られる、その土地を褒め讃える常套句でした。さらに日本人の精神の根底にある「山岳信仰=自然崇拝」における神々の世界は、山紫水明の清浄なる地にありました。その神々のおわす地(山々)に古来より茶は育まれてきました。すなわち山紫水明の地に育つ茶は、禅と供に「清浄無垢の世界(精神)」を現すものとして日本人に大切にされてきたのです。
(以上 諸文献参考)
八女の地名の由来となった女神「八女津媛」のおわす 山紫水明のこの地にて、茶と供にその土地を守り継いでいくこと=【八女茶禅一味】を当家の理念に掲げ、皆様に喜んでいただける八女茶をお届け出来るようこれからも精進して参ります
何卒一層の御引立ての程宜しく御願い申し上げます。
少し多目の葉茶(10g)にお湯を50度~60度にさましてから急須にさし、3分位おいて茶碗に注ぎ、最後の一滴迄お湯をしぼりきって下さい。よりよい玉露の旨みをたしなむことが出来ます。
玉露程、気を配らなくてもさしつかえありません。
最大のポイントは、葉茶の分量は、6g~7gぐらいで、やや煮えの落ちたお湯(70度)をさし、玉露同様によくお湯をしぼりきっていれることです。
八女とは・・・
日本最古の歴史書「日本書紀」にある “この地方に女神あり、その名を八女津媛といい、常に山中にある” という一節が、地名の起りと言われ、古代の姫巫女がその名の由来です。しかし今となっては姫巫女の由来などの一端さえ知りうる者はおりません。逆にそれこそが当地の歴史の深さを物語る証拠にもなっています。とくに最近の研究では八女における九州邪馬台国説も考えられ、縄文以前の旧石器時代から人が定住した遺跡が出土する地域です。
八女を流れる矢部川の流域では古来より「文房四宝」のひとつ「和紙」が作られ、古くは奈良天平年間に「筑後の紙」として朝廷に献上された記録が正倉院の断簡に残っております。いまも矢部川流域では 伝統の手漉き製法で八女和紙が作られ、当家の茶の製造に於いても一役買っております。古来より和紙は茶の保存に用いられたり 緑茶の製造でも助炭に用いられるなど関係は深く、その点でも八女は恵まれた産地といえるでしょう。
日本茶栽培の歴史は建久2年(1191年)茶祖 栄西禅師が 肥前と筑前(現在の佐賀県神埼市脊振町-福岡県福岡市早良区)の境界の背振山に、宋から持ち帰った茶の種を蒔いたのが始まりとされています。
その後、応永13年(1406年)周瑞禅師が 筑後国上妻郡鹿子尾村(現在の福岡県八女郡黒木町笠原)に霊巖寺を建立、明国から持ち帰った茶の種を地元の庄屋 松尾太郎五郎久家に与え、釜炒り茶の製法を伝授したのが八女のお茶の起源とされています。
15世紀に周瑞禅師が釜炒り茶の製法・喫茶法を八女地方に広めて以来、鎌倉、室町、安土桃山時代と茶は集落ごとに細々と生産されていました。江戸時代に入っても、若干の上方(大阪)への荷はあったものの、主に近隣での流通が主でした。
(当時は茶園や茶畑のような効率的な生産形態は見られず、山の斜面に植えられた茶を収穫する程度で、今日のように急須で手軽に淹れられるものではなく、茶葉を湯で煮出し成分を抽出する煎じ茶=日乾茶であった)
後年 江戸末期に茶が輸出品になってからは、長崎の貿易商 大浦慶やイギリス人貿易商トーマス・B・グラバーらが アメリカに日本茶を輸出するようになると、当地方の茶も輸出商品として注目されるようになりました。
八女で青製(現在の一般的な日本茶:蒸し製緑茶)の製造が始まったのは江戸後期からで、本格的(量産)に始まったのは明治時代後期から大正時代に機械が入ってからです。製茶機械が入ると、緑茶の製造技術も向上し今の八女茶の原型が出来上がりました。
しかし大正時代末期まで 当地方の茶は「筑後茶」「笠原茶」「星野茶」等々複数の名称で呼ばれ、それは主に釜炒り製茶のことでした。
一般に「八女茶」と呼ばれるようになったのは、大正14年からです。
当時、福岡県八女郡福島町 (現在の福岡県八女市本町) で開催された 物産共進会 茶の品評会の部の席で、当地域の蒸製緑茶の優れた品質を確信できた茶業関係者たちに対し、三代 許斐久吉 (当時 八女郡茶業組合長)は、当地方の釜炒り茶と蒸製緑茶の差別化・特産化として「八女茶」の統一名称を提案し、満場一致で可決されたことでその名が広まりました。
その後「八女茶」は多くの人々の努力に支えられ、現在、日本有数の高級茶として全国に知られております。
上写真:江戸時代より続く八女茶の製造方法の原点である焙炉による焙煎作業。焙炉台の下に木炭を置き、八女和紙を貼った助炭の上で八女茶を丹念に焙煎していく。熟練の職人の手によりちょろ火の火加減が保たれる。
福岡県八女地方は、九州最大の河川である筑後川と清流と謳われる矢部川に挟まれた筑後平野南部に位置し、高温・多湿でよく霧が発生し、河川の氾濫などで得た肥沃な土壌、豊富な伏流水、なだらかな山々から 良質のお茶の生産に最も適した土地といわれております。この恵まれた土地に産する八女茶は、玉露・煎茶とも味が濃厚で甘味旨みの成分が多く、高級茶として全国に知られております。特に玉露は質・量ともに全国一を誇り、「八女伝統本玉露」「八女玉露」として出荷されております。
当家では九州最古の茶商として伝統を受け継ぎ、良質の八女茶の製造と販売に日夜努力を重ねております。市内にある市場や契約農家から厳選した八女茶を、伝統の技術・製法を用いて製品化・商品化を行い、各種豊富に取り揃えております。
近年では自然環境を積極的に考え、減農薬・減化学肥料で栽培された八女茶を積極的に取り扱っております。また行政や茶業界の指導にあわせ、トレーサビリティ等履歴を整備し、取引農家が使用する農薬等ポジティブリストをもとに管理に勤めております。
取引している八女茶は、残留農薬の検査測定を行っており、検出されない※安心・安全な商品を皆様にお届けできるよう管理いたしております。
(※八女茶取引市場でのサンプル検査。万が一検出された場合は市場に流通させないよう厳しく管理されています)
ご購入後 常温で一年以上置かれますと、お茶はたとえ真空パックをしていても少しずつ風味は落ちていきます。お買い求めになられてからの保存方法については、開封されてないものは冷凍庫にて保存ください。
※冬場は特に冷凍庫にはいれなくても大丈夫です。
また開封してご使用中のお茶は密閉容器にて保存ください。このとき他の食品の移り香に十分ご注意ください。茶缶に保管しての飲用は、できれば一ヶ月以内での使い切りをお勧めします。開封後一ヶ月は品質に問題なく美味しく頂けることと存じますが、お茶は空気とふれる事により酸化が進みますので、一ヶ月以上たちましたら出来るだけ早くご飲用ください。
※熟成茶も封を開けた場合は同様にお考えください。
【地域食品ブランド表示基準】
・名称の由来 ・歴史的伝統性 ・品質・衛生管理基準 ・製法の特徴 ・原材料の特徴 ・第三者認証等 ・産地の範囲 ・「本場の本物」マークの添付・管理